2022.08.13

真夏の長く熱い夢 ツール・ド・フランス/ファム2022レビュー

グランツール最高峰「ツール・ド・フランス」が閉幕。男子と女子、あわせて1ヶ月間の熱闘を振り返ります。

TOP画像: © 2022 Getty Images

例年以上に暑く、そして長い7月だったように思える。7月1日(金)にデンマークで開幕した男子のツール・ド・フランスはフランス、ベルギー、スイスの4つの国を3週間かけて走り抜けた。最終日である7月24日(日)、疲労と充実感に包まれた男子プロトンが到着する少し前に、緊張と期待に満ちた女子選手たちがパリ・シャンゼリゼを出発した。濃密な8日間を演出した第1回ツール・ド・フランス ファム・アヴェク・ズイフトは7月31日(日)に閉幕。2022年の7月はツールに始まり、ツールに終わった。

ツール初日、雨に濡れるコペンハーゲン市街の個人タイムトライアルをイヴ・ランパールト(ベルギー/ クイックステップ・アルファヴィニル)が制したのはちょっとした事件だった。確かにランパールトは強豪揃いの母国ベルギーで2度個人タイムトライアルナショナルチャンピオンを経験している名手ではある。しかし世界選手権の表彰台を争うクロノマンたちがひしめく中で彼が勝つと、一体どれだけの人が予想しただろうか。


ランパールトの勝利を引き寄せたのは彼の勇敢さだった。降り続けた雨が止み、路面状況が比較的良好だったとはいえ、スリップや落車が頻発するカーブだらけのコースを攻め続けたのだ。「タイヤのグリップを信じろ」―スピードを緩めることなくShiv TTに鞭を打って駆け抜けたその先に、栄光が待っていた。


13.2kmのテクニカルな難コースで時速51.8kmの最速タイムを叩き出した。© 2022 Getty Images


ツール初日勝利はマイヨジョーヌ獲得を意味する。特別な瞬間を噛み締めるランパールト。© 2022 Getty Images

キャリアで初めてのツール区間優勝とリーダージャージ「マイヨジョーヌ」着用は「ベルギーからやってきた農家の息子」と自らを評するランパールトにとっても大きなサプライズで、喜びを爆発させた。そして2日目には誇り高い黄色のジャージを身にまとい、途中落車しながらもチームのために献身的な働きを見せた。大会初のスプリントステージを狙うのはチームエースのファビオ・ヤコブセン(オランダ)。激しい位置取り争いを制して組み上げたリードアウトトレインから発射されたダッチスプリンターはライバルたちをしのぐ驚異の伸びを見せ、誰よりも速くフィニッシュラインに飛び込んだ。


フィニッシュラインにハンドルを投げ込むヤコブセン。昨年に続くTarmac SL7のスプリント勝利の瞬間だ。© 2022 Getty Images

初めて走るツール、その最初のスプリントステージで、初のツール区間優勝。獰猛に勝利を追いかける「ウルフパック(狼の群れ)」を自称するチームにふさわしい開幕2連勝であり、ヤコブセンにとっては2年前の落車事故で負った瀕死の重傷からの復活劇にピリオドを打つ勝利となった。10歳の少年の頃から夢見ていたツール・ド・フランスでの勝利は現実となり、ヤコブセンは名実ともに世界最強のスプリンターのひとりとなったのだ。


ツール区間優勝は自分を支えてくれた人へ捧げた。© 2022 Getty Images

起伏が多く、スプリンター向けの日が少なかった今年のツール。山で多いに苦しみ、タイムカット直前で辛うじてフィニッシュした日もあった。最終日の勝負をチェーントラブルで逃しもした。しかし持てる全てを捧げて、ヤコブセンは初めてのツールを完走した。その誇りを胸に、彼はもっと強くなるだろう。

チームメイトとスタッフが見守る中、タイムカット直前に1級山岳ペイラギュード山頂に辿り着いたヤコブセン。
「山で苦しむのはスプリンターの宿命」と振り返る。

ツールデビューを果たしたもう1人の名手、アレクサンドル・ウラソフ(ボーラ・ハンスグローエ)の話をしよう。今季からドイツチームに加入した26歳にとって、初めてのツールは波乱の連続だった。前哨戦ツール・ド・スイスでステージ勝利を挙げ首位に立つも、新型コロナウイルス感染症に罹患。更に6日目の落車で負った怪我の影響もあって、連日我慢の走りを強いられた。それでも総合5位でツールを終えることができたのは、ウラソフ自身の粘りとチームメイトの献身の賜物だ。


第1週は落車、第2週は体調不良に苦しみながら最終週まで戦い続けたウラソフ。
本来の実力が発揮できない中での総合5位は来年以降に繋がる成果。

今年のツールでマイヨジョーヌを着用したのはクイックステップ・アルファヴィニルを含むわずか3チームだが、レナード・ケムナ(ドイツ)がそこに迫ったことを忘れてはならない。激坂ラ・プランシュ・ベル・フィーユでの区間優勝に迫った後、2週目初日の第10ステージも逃げに乗り、最後に11秒差で総合首位を逃すまで長時間バーチャルリーダーとして走り続けた。今年のジロ・デ・イタリアの活躍で危険なエスケープスペシャリストとして知られるようになったケムナへのマークは厳しく、苦戦を強いられる中での成果だ。最終的には新型コロナウイルス感染症によって途中離脱することになってしまったが、爪痕を残すことはできたと言えよう。


ステージ優勝を目指し、ジロに続きツールでも逃げに乗り続けたケムナ。

ウラソフは言う。「ツールは他のどのレースとも違う、と皆が言う。実際に走ってみてわかったが、本当にその通りだ」。唯一の、特別なレースなのだ。だからあらゆるチームが最強の布陣を組み、妥協なく勝利を狙う。スタート直後からアタックの撃ち合いが続き、集団は常に緊張に満ちている。特に今年は厳しい展開が続き、終わってみれば平均時速42.026kmと史上最速のツールとなった。1日とて脚を温存できる日はなく、選手のストレスは計り知れない。

しかしプロトンのスーパースター、ペテル・サガン(スロバキア/ トタルエネルジー)はキャリア11回目のツールを大いに楽しんだ。ステージ優勝こそなかったもののTOP10フィニッシュが5回、サガンらしい巧みなスプリントを見せてくれた。

するすると位置を上げるサガンの魔法のようなスプリントスタイルはチームが変わっても健在。

厳しい山岳ステージを終えた後はモトに引っ張ってもらって脚を回復?
楽しそうなサガンとアントニー・テュルジス(フランス)。

また今年の目玉と言われていた「パリ〜ルーベ」ステージではエドヴァルド・ボアッソンハーゲン(ノルウェー)が逃げからステージ優勝を争う好走を披露。この日は石畳(パヴェ)対策としてRoubaixも投入された。


今年のパリ〜ニースでプロ初勝利を飾った23歳の新星マチュー・ビュルゴドーピエール・ラトゥールら地元フランス勢も逃げからステージ上位に食い込む走りを見せ、ファンを喜ばせた。フランスチームとしての存在感を示したと言えるだろう。

Roubaixで石畳を攻略していくボアッソンハーゲン。熱く乾いた土埃が舞う過酷な日となった。

ファンを沸かせた、という観点では今年初開催となったツール・ド・フランス ファム・アヴェク・ズイフトは大成功だった。主催のASO発表によると最終ステージを510万人が視聴したという。また8つのステージを通じた1日あたりの平均視聴者数は225万人。男子ツールの最高視聴者数840万人、1日あたりの平均視聴者数400万人と比べても堅調な数値で、注目度の高さが伺える。スタート前プレゼンテーションや沿道にも多くのファンが詰めかけ、女子サイクリングの歴史において重要な、そして幸せな時間となったことは疑いようもない。

女子サイクリング界にとって画期的な出来事となったツール・ファム。
「#WatchTheFemmes(女子を見よ)」のハッシュタグがレース前からSNSを彩り、女子レースへの関心を集めた。

チームSDワークスはツール・ファム初日を昨年末トラックナショナルチームのトレーニングキャンプ中の落車で長いリハビリの途上にあるエイミー・ピーターズ(オランダ)に捧げた。ピーターズのデザインした青いジャージを着用してシャンゼリゼを走ったのだ。ピーターズへの支援を表明する選手たちが身に着けているハートをモチーフにした「AMY」のロゴは、ピーターズが自身のサイクリングアパレルブランドのために準備していたロゴである。

スペシャルジャージ姿でスタート地点のエッフェル塔を背に立つSDワークスの選手たち。

若手中心だったジロ・ドンネとは異なり、実力者のみで構成したチームでツール・ファムに臨んだSDワークス。超強豪チームらしく、8ステージ中6回のTOP3フィニッシュを果たしている。そのうちの1回はマーレン・ローセル(スイス)による区間優勝だ。それもただの区間優勝ではない。大会前から話題を集めていたシャンパーニュ地方特有の白い未舗装路と激坂を詰め込んだ難関ステージでの勝利である。タイムトライアルスペシャリストにしてパートタイムの医師という経歴を持つローセルはグラベルを含む23kmを独走、このツール・ファムで最も美しい勝利のひとつを手に入れた。

先頭を力強く牽くローセルにチームは未舗装路区間でのアタックを指示。この後ローセルは独走勝利を成し遂げた。
チームカーからの無線音声をレースのライブ映像に差し込むのはツール・ファムならではのエキサイティングな取り組み。

総合順位を争ったのは若きパンチャー、デミ・フォレリング(オランダ)。ツール・ファム初代女王となったアネミエク・ファンフルーテン(オランダ)が山で繰り出した恐るべきアタックに対抗できたのは彼女だけだった。フォレリングは最終的に総合2位と山岳賞を獲得。落車や病気で苦闘するチームメイトのために集中し続け、自らの限界を超えて走り、そして素晴らしい成果を掴んだ。監督としてレースに帯同しチームカーから指示を送ったアンナ・ファンデルブレッヘン(オランダ)の後継者としてチームに加入した25歳は、最強女子チームを支えるエースに成長したことをこのツール・ファムで証明してみせたのだ。

フォレリングのツール・ファムを振り返る映像。最終2ステージはフィニッシュ後に感極まって涙する場面も。

役割は人を進化させていく。時間と努力を積み上げて手にした能力を発揮するに値する場を与えられたなら、なおさらだ。それを見守り、エールを送ってくれる人がいるならば、これ以上の幸福はないだろう。ツール・ド・フランスとはそういう場所である。そして、そこには性差は存在しない。世界最高峰の舞台であり、ただ真のプロフェッショナルだけが立つことを許されるのだ。

最高の選手を支える最高の自転車にも性差はない。
Tarmac SL7は男女ツールそれぞれで勝利を挙げ成功を収めたバイクとなった。

池田 綾さんの記事はこちらから>

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