Man in the Green―Tarmac SL7、Shiv TTとドゥクーニンク・クイックステップのツール・ド・フランス2020
21日間の旅の果てに手に入れたのは至高の緑。サム・ベネット(アイルランド)と「ウルフパック」達の戦いの軌跡を振り返ります。
シャンゼリゼに、マイヨヴェールの咆哮が響いた。
グリーンジャージをまとう彼のために用意された特別なバイクが、ツール・ド・フランス最終日のフィニッシュラインを誰よりも早く駆け抜けた。
ベネットの偉業を祝福するTarmac SL7のトップチューブに描かれた文字は「Together We Win(共に勝とう)」。泣き虫のスプリンターは、きっと1人では勝てなかった。これは、ドゥクーニンク・クイックステップがチーム全員で掴んだ勝利だった。
ツール期間中、チームメイトは献身的にベネットを支え続けた。戦いを終え、充実した背中でチームバスへ戻って行く。Photo:© Wout Beel
「このチームで、ツールで勝てない最初のスプリンターになりたくはない」
―ツール開幕前のサム・ベネットの言葉だ。
ドゥクーニンク・クイックステップの歴代エーススプリンターには名手が揃う。ボーネン、カヴェンディッシュ、キッテル、ガビリア、そしてヴィヴィアーニ。全員がツールでの区間勝利を収めている。
ベネットがドゥクーニンク・クイックステップに加入したのは、まさにツールに出場するためだった。2017年にワールドツアーチームに昇格したボーラ・ハンスグローエでは、常にペテル・サガン(スロバキア)がエーススプリンターだった。だからベネットは、チーム前身のネットアップから6年間在籍したチームを去ることを決めた。
しかし、望んでいたはずのツール出場は想像以上の重圧を伴うものだった。ジロ・デ・イタリアでは3勝、ブエルタ・ア・エスパーニャでは2勝。グランツールを戦う実力は持っている。だが、ツール・ド・フランスは他のどのレースとも違う。そして2015年から2年連続でボーラ・アルゴン18から出場して以来、ベネットはずっとツールには縁がなかったのだ。
4年ぶりとなるツール初日、緊張の表情を見せるベネット。新型コロナウイルス感染症対策のため、インタビューは一定距離を置いて。Photo:© 2020 Getty Images
雨と落車で荒れた展開となった第1ステージを4位、第3ステージを2位で終えたベネットは、勝てないことに焦っていただろう。
第5ステージも3位と勝利こそ掴めなかったが、最強スプリンターの証であるマイヨヴェールが手元にやってきた。中間地点およびゴールの通過・着順により付与されるスプリントポイントを積み重ねた結果だった。
自身初となるマイヨヴェールを着用したベネット。このジャージをパリに持ち帰るなんて、この時は想像していなかったかもしれない。Photo:© Getty Images
だがこの時のマイヨヴェールは、長くは続かなかった。8度目のグリーンジャージを狙うサガン擁するボーラ・ハンスグローエが、猛攻撃を仕掛けてきたからだ。
登坂力ではサガンに敵わないベネットは、前年までの仲間達と厳しい登りに大いに苦しめられることになる。だが、猛烈なペースを刻むボーラ・ハンスグローエトレインに振り落とされ、登りで遅れるベネットの傍らには、常にドゥクーニンク・クイックステップのチームメイトの姿があった。
ライバルの攻撃を受け登りで遅れるベネットを懸命に引き上げるティム・デクレルク(ベルギー)。得意とする集団牽引でベネットを守り続けた。Photo:© 2020 Getty Images
チームメイトのためにも、勝たなければならない。その思いが実ったのは休息日明けの第10ステージ。今大会唯一カテゴリ山岳設定のない、島から島へと渡るコースの最後はスプリンター達のための直線路。海から吹く向かい風の中、完璧に組み上げられたトレインから発射され全開でもがくベネットを、誰も捉えることはできなかった。
2週目でようやく訪れた歓喜の瞬間。2003年のチーム設立以来777勝目となる記念すべき勝利で、ベネットは全グランツールで区間勝利を上げた選手の仲間入りを果たした。Photo:© Getty Images
サガンにマイヨヴェールを譲っていたおかげで、アイルランドチャンピオンジャージでツール区間勝利を飾った史上初の選手となったベネット。偉大な記録を成し遂げたはずの彼は、無線でリザルトを確かめるまで半信半疑だった。駆けつけたチームメイト達から祝福を受け、表彰台に登った後も、信じられない、自分はこんな勝利にふさわしい選手じゃない、とこぼした。勝利者インタビューの最中に涙を流す姿は、他のどのエーススプリンターとも違っていた。
隊列を組み上げて加速した後、最後にベネットを発射する役割を担ったミケル・モルコフ(デンマーク)。
ベネットの右腕としてあらゆる場面で見事なコンビネーションを披露した。Photo:© Getty Images
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— Tour de France™ (@LeTour) September 8, 2020
表彰台裏でメダルを見つめるベネット。初日に落車し区間勝利に絡むことなく最下位で完走した初ツールの苦い思い出を、勝利で塗り替えた。
この日、ベネットは再びマイヨヴェールに袖を通す。そして翌日から、マイヨヴェールを守る戦いが始まった。
ドゥクーニンク・クイックステップの別名は「ウルフパック」。複数の有力選手が波状攻撃を仕掛けながら勝利を掴む様子を集団で狩りをする狼の群れに例えた愛称だが、狼には仲間を命がけで守る習性がある。パリまでの毎日を、ウルフパックはベネットを守って慎重に戦った。危険な逃げに目を光らせ、集団をコントロールし、中間スプリントポイントを注意深く刈り取った。山岳ステージではベネットが時間内にフィニッシュできるよう、側で励まし続けた。
ベネットが最も苦手とする厳しい山岳はタイムアウトとの戦い。モルコフとともに完走を目指す。Photo:© Getty Images
もちろん、直接のライバルであるボーラ・ハンスグローエも攻撃の手を緩めなかった。激しい攻防を何度も繰り返した。戦いはもつれ、アルプスを越えた第19ステージがベネットとサガンの最終対決の舞台となった。レース終盤、ステージ勝利とマイヨヴェール奪還を狙うサガンのアタックにより形成された先頭集団に、ベネットはドリス・デヴェナインス(ベルギー)の助けを借りて食らいついた。
サガンが得意とし、ベネットはほとんど出場することのない、ワンデークラシックのようなハードな展開。最後の最後に逃げ切りを決めたセーアン・クラーウアナスン(チーム サンウェブ/デンマーク)の後方で、2人はマッチスプリントを繰り広げる。
わずかに先着したのは、ベネットだった。
後半戦はマイヨヴェールを勝ち取ることに集中したベネット。力を振り絞り、サガンとの直接対決に勝利。Photo:© 2020 Getty Images
この戦いで実質的なマイヨヴェール争いは決着した。残るは第21ステージ、スプリンターの世界選手権とも称されるパリ・シャンゼリゼのフィナーレのみ。ベネットはおそらく、このツールで初めて、ただ自分の走りだけに集中した。マイヨヴェール争いの重圧から解放され、日を重ねるごとに自信を付けてきた彼は、もう世界最高の選手だった。自分の前に入り込んできたトレック・セガフレードトレインだって利用してみせた。冷静で、したたかで、そして強いスプリント。ベネットとドゥクーニンク・クイックステップは、ツール・ド・フランスを最高の形で締めくくった。
マイヨヴェールとスペシャルバイクがゴールに飛び込む。ベネットはシャンゼリゼで勝利した初のアイルランド人選手となり、チームに2007年のトム・ボーネン以来となるマイヨヴェールをもたらした。Photo:© 2020 Getty Images
ドゥクーニンク・クイックステップ公式動画で振り返るベネットとウルフパックの21日間。
チームメイト全員が「マイヨヴェールを守る戦いは楽しく、そして名誉だったと語っている。
最終日は全員でフォトセッション。ウルフパックと彼らの走りを支えたTarmac SL7が先頭に並んだ。Photo:© 2020 Getty Images
昨年のツールの主役だったジュリアン・アラフィリップ(フランス)は今年も見せ場を作った。第2ステージ、終盤の勝負所レ・キャトル・シュマン峠でアタック、最後は三つ巴のスプリントを制して勝利。6月にこの世を去った父親に、1年ぶりの区間勝利とマイヨジョーヌを捧げた。
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天国の父親に捧げる涙の勝利。今季1勝目をTarmac SL7で飾った。Photo:© 2020 Getty Images
このアラフィリップの勝利は世界中を感動で包むとともに、自転車界に大きな驚きをもたらした。ツール・ド・フランス初のクリンチャータイヤ(タイヤとチューブが分離するタイプ)での勝利。レースで通常使うのはチューブラータイヤやチューブレスタイヤだ。しかし史上最軽量となるAlpinist CLXホイールにはチューブド、つまりクリンチャータイヤを組み合わせるのが最適解。そうして実現した登りでの軽やかさとキレのある加速感を、アラフィリップは世界最高峰のレースで披露してくれたのだ。
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登りで仕掛け、自身の勝ちパターンに持ち込んだ。持ち味の鋭いアタックを助けたのはヒルクライムでは最強のAlpinist CLX。
世界選手権ではCLX50を使用し、同様の登りアタックで世界チャンピオンに。Photo:© 2020 Getty Images
※Tarmac SL7の品薄状態が続いており、ご迷惑をお掛けしております。モデルやサイズによっては正規販売店に在庫があるものもございます。各店舗へお問い合わせください。
山岳比重の今年のツールにおけるタイムトライアルはたったの1日。その第20ステージの個人タイムトライアルで力走を見せたのが、出身地にちなんで「クレルモン・フェランのTGV(高速鉄道)」というニックネームを持つレミ・カヴァニャだ。
ゼネク・スティバル(チェコ)の負傷により急遽初のツール出場が決まった彼は、直前のフランス選手権で勝ち取ったフランスチャンピオンジャージでスタート台に立った。平坦基調の前半、テクニカルな中盤、そして終盤は1級山岳ラ・プランシュ・デ・ベル・フィーユを登る難易度の高いコースを、Shiv TTで駆け抜けた。
最大勾配20%という激坂を駆け上がる。多くの選手が登り手前でバイクを乗り換える中、カヴャニャは最後までShiv TTで走り切った。Photo:© Getty Images
最終的なリザルトはステージ6位。だが終盤まで暫定トップとしてホットシートに座り続けた。地元フランスのタイムトライアル巧者として、大いに存在感を示したと言っていいだろう。
軽量とエアロを両立したShiv TTはタイムトライアルスペシャリストのカヴァニャにとっては最高のパートナー。完璧にフィットした相棒で難コースに挑み、好タイムを叩き出した。Photo:© 2020 Getty Images
【筆者紹介】
文章:池田 綾(アヤフィリップ)
サイクリングライター。今年ツールが開催されたこと、そして全チームが無事にパリまで走れたことは関係者全員の勝利。ドゥクーニンク・クイックステップは誰一人欠けることなく、ベネットのマイヨヴェールを守り抜きました。昨年とは随分違うツールになりましたが、とてもウルフパックらしい戦いだったと思います。
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