2020.12.27

Hello new comers! ―2021年プロデビューを飾るスペシャライズドライダー達

スペシャライズドは2021年もボーラ・ハンスグローエとドゥクーニンク・クイックステップをサポートします。来年から新たに加わる注目選手達を紹介しましょう。

パンデミックによるロックダウンを経て、圧縮されたスケジュールでレースを駆け抜けた2020年。激動の一年も終わりを迎え、スペシャライズドがサポートするドゥクーニンク・クイックステップとボーラ・ハンスグローエは2021年に向けた体制を整えつつある。
新しいジャージのデザインなども気になるが、やはり注目は所属する選手達の動きだろう。新天地へと旅立つ選手、自転車を降りる決断をした選手、そして新たにチームに合流する選手。特にボーラ・ハンスグローエは現タイトルスポンサーの契約延長を受けて、積極的な補強を行っている。

ツールのグランデパールにあわせてボーラ・ハンスグローエが発表したスポンサー契約延長。
ボーラ社、ハンスグローエ社ともに2024年まで支援を継続する。これにより、長期的な視点での選手の獲得や育成が可能に。

 

他チームから移籍するエースクラスの選手に話題が集まりがちだが、今回はプロデビュー予定のニューフェイス達を中心に紹介する。近年プロトンで目覚ましい活躍を見せる他競技からの転向選手や期待の若手をチェックしていこう。

スキーを自転車に変えて―アントン・パルツァーの夢と挑戦

ボーラ・ハンスグローエの新加入選手は8名。2019年パリ〜ルーベ2位などクラシックレースで活躍するニルス・ポリッツ(ドイツ/現イスラエル・スタートアップネイション)や2020年ジロ・デ・イタリアを総合2位で終えた実力派総合系ライダーのウィルコ・ケルデルマン(オランダ/現チーム サンウェブ)などの加入決定後、来季メンバーの最後の一人として発表された選手がいる。
アントン・パルツァー。ロードレースファンにはあまりなじみのない名前だろう。それもそのはず、彼はスキーマウンテニアリングとマウンテンランニングのアスリートなのだ。スキーで雪山を駆け回っていた彼が、何故ワールドツアーチームで自転車選手としてデビューすることになったのだろうか。

 

パルツァーが打ち込んできたスキーマウンテニアリング(別名スキーモ)は「雪上のトレイルランニング」とも呼ばれる過酷な競技である。舞台は雪山。ゲレンデを登り、猛スピードで滑降する。時にはスキーを背負って自らの脚で急斜面を登らなければならない。コースには命綱を必要とする危険な岩壁なども含まれるエクストリームスポーツだ。

スキーマウンテニアリングの紹介動画。獲得標高2,000m程のコースを登り降りしてタイムを競う個人、個人と同様のコースを2人で走るチームなどの種目がある。
パルツァーが得意とするのは獲得標高1,000m程の登りで争うバーティカルと、約3分で短距離を走るスプリントだ。

スキーマウンテニアリングには持久力と瞬発力に加えて登山とスキーのスキル、そして厳しい自然環境を走破する強靭な精神力が求められる。パルツァーは16歳の頃からシリーズ戦のワールドカップ上位入賞の常連選手で、2017-2018シーズンはバーティカル種目で総合優勝を飾っている。ヨーロッパ選手権、世界選手権でも表彰台に登っており、この競技における世界トップクラスの選手だ。

パルツァーの主な戦績をまとめた動画。ドイツを代表する選手であり、2016-2018年個人ナショナルチャンピオン。

パルツァーはオーストリアとの国境に近い山岳地帯であるドイツ・ベルヒデスガーデン出身。ドイツで3番目に高いヴァッツマン山は幼いパルツァーの遊び場であり、山岳ガイドでありレンジャーでもあった父の影響もあって早くから登山に親しんできた。もっと速く、もっと遠くへという子どもらしい純粋な気持ちは、彼をスキーマウンテニアリングへといざなう。パルツァーはすぐに頭角を現し、大人を相手に競い合うようになった。

16歳のパルツァーはカデット(ジュニアの下の15–17歳カテゴリ)にも関わらず、2010年ドイツ選手権でロングディスタンスを走っている。
当時から才能溢れる選手として知られていた。

雪山ではぐくんだ競争心は、パルツァーを世界の舞台に引き上げた。メダルも沢山手に入れた。だが彼は満足しなかった。飽くなき向上心が、やがてパルツァーに新しい夢を灯す。

「プロのサイクリストになりたい」

彼には新しい挑戦と目標が必要だった。それが自転車だったのだ。
オフシーズンのトレーニングで自転車には乗っていた。プロ選手と同レベルのタイムでイベントを走破したこともある。自信はあった。
だがどうすればプロの自転車選手になれるのか、パルツァーには全くわからなかった。心の奥底に小さな夢を抱えたまま、パルツァーは雪山を駆け続けた。そして月日は流れ、一つの出会いが夢を現実へと変える。

ボーラ・ハンスグローエは新たな才能を発掘するためにスカウトの網を自転車以外のスポーツにも拡げていた。
元スキージャンプ世界ジュニア王者のプリモシュ・ログリッチ(スロベニア/チームユンボ・ヴィズマ)や18の時に1マイル(1,600m)4分切りを達成したマイケル・ウッズ(カナダ/現EFプロサイクリング)は、今や世界トップクラスの自転車選手だ。優れたアスリートは、優れたサイクリストになれる可能性を秘めている。チームは、スキーマウンテニアリングで活躍を続けるパルツァーに目を留めた。

ボーラ・ハンスグローエと繋がったパルツァーは、2020年4月、スキーマウンテニアリング世界選手権へ向けたサポートをヘルムート・ドリンガーコーチに依頼する。そして、初めて自分の夢を打ち明けた。
チーム首脳陣と話し合いを続ける中で、次第に夢の輪郭が濃くなっていく。2020年の夏にはチームのトレーニングキャンプにも参加した。
遂に、パルツァーの情熱と卓越した身体能力が夢の扉を開いた。チームは彼との契約を決めたのである。

今年8月のトレーニングキャンプをともに過ごしたルーカス・ペストルベルガー(オーストリア)がパルツァー加入を歓迎。
来期以降は集団牽引やスプリントトレインの役割を分け合うかもしれない。

パルツァーはスキーマウンテニアリングだけでなく、マウンテンランニングにおいても非凡な選手である。2017年、2018年はワールドカップで2位入賞。400mで140mを駆け上がる世界一過酷な400m走、2019年レッドブル400ティティゼー=ノイシュタットでも優勝している。
今年6月には最高標高2,713m・全長23kmのヴァッツマン三峰を縦走する高難度トレイルの最速記録更新に挑戦し、見事2時間47分で達成するなど、山での強さは折り紙付きだ。

スキージャンプ競技場を駆け上がるレッドブル400。コースの最高斜度は37度に達し、立って登ることができない程。
日本を含む世界中で開催されており、4人で100mずつ走るリレー種目もある。

 

マウンテンランニングも厳しい自然を舞台とした過酷な競技。目がくらむような難所を身軽に駆ける。

スキーマウンテニアリングもマウンテンランニングも標高の高い山で行う激しいスポーツであり、パルツァーは素晴らしい高地適応力を持っている。スキーでの高速滑降に求められるバランス感覚はダウンヒルテクニックに活きるに違いない。特筆すべきはVo2 MAX(最大酸素摂取量)で、パルツァーはこの値が並外れて優れている。厳しい山で鍛えた心肺能力は自転車をより速く進める頼もしいエンジンにはずだ。

パルツァーはスキーマウンテニアリングの最後のシーズンを過ごした後、春から本格的に自転車選手としてのキャリアをスタートする。既にワンデーレースやステージレースへの起用が予定されているが、彼にとってもボーラ・ハンスグローエにとっても大きな挑戦になる。プロ初年度はチームに馴染むこと、ロードレースの基礎を学ぶことに多くの時間を使っていくことになるだろう。

27歳。自転車選手としては、少し歳をとりすぎているかもしれない。
だが、彼は成長を諦めない。夢を見続けることの素晴らしさを、きっと証明してくれるだろう。

スキー板を自転車に変えて、パルツァーの新たな冒険が始まる。

パルツァーの愛称は「トニ」。競技に打ち込むストイックさと、お茶目でサービス精神旺盛なナイスキャラが魅力。
2021年Tarmac SL7でロードレースデビューを果たす彼を応援しよう!

『すべてを征す一台』Tarmac SL7についてもっと詳しく>

将来有望な若手選手達

続いて若手選手をチェックしていこう。ボーラ・ハンスグローエのスプリントトレインの一員に加わるジョルディ・メーウスは22歳のU23ベルギーナショナルチャンピオン。ファビオ・ヤコブセン(オランダ/ドゥクーニンク・クイックステップ)らスプリントタレントを輩出してきた名門育成チームSEGレーシングアカデミーの出身だ。今年はU23版ジロ・デ・イタリアでステージ1勝、ワールドツアーチームも参加した2.1クラスのチェコツアーでもステージ2勝を上げている。


ワールドツアーチーム所属選手を相手にスプリントで勝利する実力を持つメーウス。
ゆくゆくはスプリントエースとしての活躍が期待される。Photo:©Bettiniphoto

知っておくべきベルギー出身選手をもう1人紹介しておこう。シアン・アウトデブルックスは「ネクスト・エヴェネプール」の呼び声高い17歳。ジュニア育成チームを経て、2022年からボーラ・ハンスグローエで走ることになる。今年のジュニアクールネ〜ブリュッセル〜クールネ勝利をきっかけに多くのワールドツアーチームが熱視線を注いでいたが、最終的には育成体制が充実した同チームでのプロデビューを決めた。クライマーでありながらタイムトライアルも強いというオールラウンドな才能は確かにエヴェネプールを想起させる。まずは2021年フランドル世界選手権のジュニアタイトルがターゲットだ。2018年にエヴェネプールが成し遂げたロードと個人タイムトライアルの二冠に期待がかかる。


今年7月にはドゥクーニンク・クイックステップでのインターンシップに参加し、同郷の先輩であるレムコ・エヴェネプール(ベルギー)に自身の進路を相談したそう。
最終的にはエヴェネプールとは違うチームで走ることを選んだ。再来年はライバルとして戦うことになる。Photo:© BORA - hansgrohe

2019年トラック世界選手権オムニアム3位、2020年ヨーロッパ選手権オムニアムおよびエリミネーション優勝と、既にトラック競技で世界トップクラスの成績を残しているマチュー・ウォールス(イギリス)も将来のエーススプリンター候補だ。イギリス代表チームで参加した2019年ツアー・オブ・ブリテン第5ステージではディラン・フルーネウェーヘン(オランダ/チームユンボ・ヴィズマ)に次いで2位。ロードレースの集団スプリントでも上位に食い込む実力を既に持っている。

東京五輪はトラック競技での出場を目指すウォールス。
「トラックでの走りを通じてロードレースでのスプリントに必要なスピードを身に付けてきた」と語る彼は、多くのスプリンターを育ててきたボーラ・ハンスグローエで2021年プロデビューする。

ジョヴァンニ・アレオッティ(イタリア)も忘れてはいけない選手の一人だ。U23版ツール・ド・フランスと呼ばれる2019年ツール・ド・ラヴニール総合2位。更に今年のU23版ジロ・デ・イタリアでも総合4位に入賞し、U23イタリアチャンピオンに輝いている。オールラウンダーとしてステージレース、ゆくゆくはグランツールでの総合成績を狙っていくことになるだろう。

総合系ライダーとしての成長が楽しみなアレオッティ。
エマヌエル・ブッフマン(ドイツ)らを導いてきたコーチ陣が才能豊かな21歳をしっかりと育成してくれるはずだ。Photo:© BORA - hansgrohe

今回紹介した選手達はいずれも将来のチームの軸となる逸材たちだ。パルツァー、メーウス、ウォールス、そしてアレオッティはきっと来年早々にワールドツアーレースで存在感を示してくれるだろう。スペシャライズドバイクで新たな舞台へ漕ぎだす彼らに是非注目してほしい。

『すべてを征す一台』Tarmac SL7についてもっと詳しく>

【筆者紹介】
文章:池田 綾(アヤフィリップ)
サイクリングライター。「トニ」ことアントン・パルツァーは要チェックです。卓越した身体能力とナイスなキャラクターでレースを大いに盛り上げてくれるはず。メーウスとウォールスもプロ初年からスプリント勝負に絡んできそうで楽しみです。

池田綾さんの記事はこちらから>

【文章協力:北口 圭介】
山を愛するトレイルランナー。スキーやランニングの山岳競技に打ち込んできたパルツァーが自転車の世界でどこまで戦えるかは来シーズンの大きな目玉です。陸上競技からロードレースに転向したマイケル・ウッズが本格的に自転車を始めたのが25歳、ワールドツアーチームへの加入が29歳なので、まだ27歳のパルツァーには活躍のチャンスがたくさんあるはず!

 

 

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