マルセル・キッテルはプロトン内で最も謙虚で、チーム愛にあふれるスプリンター。2016年シーズンから、エティックス・クイックステップで走ることになります。
マルセル・キッテルは、サイクリング界きっての「イイやつ」と見なされています。ツール・ド・フランスでも注目を集めますが、あくまでも控えめで、謙虚なスプリンターです。しかし、ロードレースを観戦される方なら、これが矛盾だと感じるでしょう。つまり、筋骨隆々のからだから発せられる無鉄砲さと、勝つスプリンターの持つ狡猾さとは相反するからです。
ある意味、スプリンターの人生とは食うか食われるかであり、引退を余儀なくする怪我とステージ優勝は、数ミリあるいは肘の一突きが分かれ目です。勝利にも大惨事にもなるギリギリのところで、釣り合っています。また、計り知れない責任のある人生とも言えます。リーダーシップを発揮し、戦略を進化させ、最高のパフォーマンスを見せ、犠牲を払った者への報酬として、ロレックスの販売員を短縮ダイヤルで呼び出す必要もあるでしょう。その責任の重圧ゆえ、スプリンターの気質は、ともすれば生意気あるいは反骨心の塊ととられることが多いですが、この身長188cmのそびえ立つドイツ人が、悔しさ、統率力、思いやり、ユーモアをしっかりと持ち合わせつつ、27歳までにどのグランツールでも勝利を故郷にもたらしてきたのは、とても珍しいことです。キッテルが来年のエティックス・クイックステップの一員にふさわしいと思ったのは、これらの理由からです。2015年11月にスペシャライズド本社に数日滞在したときにキッテルと話をすると、その理由はさらに強固なものに感じられました。
キッテルの頂点への道は、若くして始まりました。彼の父親は旧東ドイツの自転車レーサーであり、これがきっかけで自転車にのめり込んだのです。キッテル曰く、「自転車がどんなものなのか、興味があった。そしてある日、父さんにバイクが欲しいと頼み、一緒に乗るようになったのさ」。最初のライドで夢中になりました。彼はすぐに、スポーツとしてのサイクリングに本気で取り組むようになり、父親と練習し、小さな地元サイクリングクラブに入ってドイツ中のレースをまわりました。この競争を愛する気持ちから、エアフルトのピエール・ド・クーベルタン・スポーツ中等学校に通うこととなり(彼の両親も通いました)、ここでプロレーサーになるという夢を具体化していきました。
彼はタイムトライアルとスプリントの両方に励み、得意なのは前者でした。2005年と2006年には、ジュニア世界チャンピオンを獲得しています。元チームメイト(でもあり現チームメイト)のトニー・マルティンのように、若い頃の成功のままにその道をひた走ろうとする選手もいますが、キッテルの考えは友だちであるトニーとは異なるようです。
「それは違うよ。僕は昔からスプリンターとして活躍していた。ジュニアとU23時代、僕はタイムトライアルで何度も成功を収めたから、スプリントよりもそちらを専念しただけだ。その後、プロになったとき、チームメイトのためにスプリントのリードアウトに努めると決めたんだ。でもチームは僕がもっと先にいけると言ってくれた。だから、先頭を目指すことにしたのさ」。
優先順位が入れ替わってから、2011年はキッテルの年となりました。この年、彼はブエルタ、ツール・ド・ポローニュ、そしてツール・ド・ランカウイでステージ優勝し、2012年はオマーン、エネコ、スヘルデプライスで勝利しましたが、そのままグランツールを征服とはいきませんでした。2013年はマイヨジョーヌとグリーンジャージを獲得し、ツール・ド・フランスでは4ステージで優勝しました。2014年も同じ成績を収めるだけでなく、ジロ・デ・イタリアでの2つのステージ優勝も付け加えています。
勝利を急速に重ねたことで、名声がうなぎ登りした一方、ドルフ・ラングレンに似た彼の見た目から、世界を魅了するのに飽き飽きしているのではとの質問が、彼をためらわせるのでした。
「大丈夫…... 気にしていないと言ったら嘘になるけど、僕が鏡の前でずっと立っているわけではないことをはっきりさせたい。すぐにまとまるし、簡単だから、嫌ではないよ。ただの髪型さ」。
キッテル曰く、最高峰のレースで常に勝つことは、選手に特有のプレッシャーを生むのだそうです。
「プレッシャーを受けることについては話したくない。でも僕は、全員がチームの仕事として感じられるように行動している。勝つためにはチームとして働く必要があり、みんながその一員となるんだ。自分がすべてのプレッシャーを負っているようには思わないよ。2人の選手が前にいて、誰かがしっかり仕事をしなければ、残りの選手はミスに苦しむことになり、勝つことはできない。スプリントはそのように見るべきだね。チーム競技なんだ」。
レース以外で、キッテルは日常と評判との間で、バランスを取ろうとしているように見えます。
「いつもポジティブに考えている。過去に起きたことすべてから、とても良い状況が生まれたから。まず、自分で決めた目標や夢の多くが実現したんだ。すばらしい人々と会い、アスリートとして成長した。起こったことすべては押し戻したり、避けたりはできない。そういうものだろう。
道端で僕を知っている人に会うのもその1つ。気にはしていないけど、例えば、ベルギーで数週間前にチーム会議をしたときのようなことが起こる。皆でバーにビールを飲みに行った。シュティバルやトニー・マルティンと出歩いて、サイクリングファンがそこにいれば、写真を撮ってくれ、となる。でも、友だちとただビールを飲みたいのは、僕だけではないんだ。こういう状況ではいつもOKと返事をする。礼儀正しく振る舞うけど、プライバシーだって必要さ。文句を言いたくはないけどね」。
母国とその周辺国でのここまでの人気っぷりは、ドイツでのプロサイクリング事情を踏まえても、素晴らしいと言えます。今年まで、ツール・ド・フランスはドイツの公共放送から姿を消していました。
「おかしく聞こえるけど、ここ近年でサイクリングは大きく発展したし、良い意味でスポットライトがまた当てられるようになった。ドーピングなどではなく、結果に対してね。関心が戻りつつある。ここで引き合いに出すべきではないかもしれないけど、サッカーでは多くの悪事や犯罪が起こっていて、それが陸上競技にも飛び火している。人々はサイクリングも悪かったと気づき出したけど、正しい見方をし、そのおかげで信頼性が復活していると思う」。
キッテルのようなスター選手がバイクに乗っていないとき、例えば彼が余暇をどう過ごしているか、世界中の人間は知りたくなります。彼によると、豊富な睡眠、大量の朝食、友だちとの時間、映画鑑賞に時間を充てているそうです。
「ジェームス・ボンドの映画なら、古いのも含めてどれも好きさ。とてもカッコいいからね。お気に入りはエース・ベンチュラ。バカげているけどとても面白いんだ。誰もが幸せになれる、ごく普通のことをしているよ」。
ヨーロッパでの現況を踏まえ、リッチモンドの世界選手権後にペテル・サガンが述べたスピーチを、彼がどう感じているかにも、私たちは興味がありました。政治はサイクリングに介入できるか、との質問を受けたとき、彼の返事は上品で思いやりがあり、人道主義であることがわかったのです。
「アスリートや脚光を浴びている人は意見を持つべきで、口に出すのをためらってはいけないと思う。スポーツ界だけでなく、文化や政治面でも、お手本なのだから。結局、僕らは人間に過ぎない。例えば難民問題にしても、特にドイツでは大きな議論となっていて、何かが起きた場合に、思っていることを言う必要がある。他に良い方法はないはず。何も言わないのはだめ。何かを主張するべきだ」。
キッテルをサイクリング史の生ける伝説と、すでにある程度至らせたのは、このまっすぐな誠実さと感性ではないでしょうか。もちろん、彼はトップ中のトップですが、より重要なのは、彼が応援したくなるサイクリストであること。すべての成功を踏まえた上で、彼は次のようなくだらないジョークにも答える人間なのです。「動物に自分を例えるなら?(答えは犬だそうです)」とか。または、「あの選手は君よりも速いと思っているかな」などなど。
クマのような巨漢の彼からは、敵意を感じません。あるのは、謙虚な姿勢です。彼は外交的とはほど遠い一方で、バイクの上でも日常生活でも、あらゆることを受け入れるので、人はそこに、レーサーである彼よりも強い印象を抱くのかもしれません。私たちもそう。2016シーズン、腕が痛くなるほど振り、声を枯らしてキッテルを応援するのが待ちきれません。
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