マーク・カヴェンディッシュは3年2ヶ月ぶりに勝利し、ファビオ・ヤコブセンは8ヶ月ぶりにレースへ復帰しました。2人のツアー・オブ・ターキーを振り返ります。
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快進撃と言っていいだろう。マーク・カヴェンディッシュ(イギリス)はプルデンシャル・ツアー・オブ・ターキーで区間4勝を手にした。
最後の勝利は2018年2月のドバイツアー。そこから3年以上、勝利から遠ざかっていた。2021年の契約チームもなく、昨年のヘント〜ウェヴェルヘムの後には涙さえ見せていた。先の見えない暗闇でもがき続けていた「マン島ミサイル」に手をさしのべたのはドゥクーニンク・クイックステップのセネラルマネジャー、パトリック・ルフェーブル。2013年から2015年の3年間在籍した古巣への復帰が決まった。1年契約だった。
チームに合流したカヴェンディッシュを見て、彼を知る関係者は驚いた。そこにいたのは35歳のベテランスプリンターではなく、プロデビューしたばかりの若者のような瑞々しい熱意を持った選手だった。カヴェンディッシュはこれまでの経験、ここ数年うまくいかなかったこと、全てを包み隠さずにスタッフたちに打ち明け、助言を求めた。
カヴェンディッシュの情熱に触れたコーチは、彼を再び勝たせるために全力を尽くすことを決心する。カヴェンディッシュが最後に在籍していた2015年と2021年の身体データを比較すると肺活量はほぼ同等、スプリントの持続時間とピーク時のパワーは向上していることがわかった。精神的にも肉体的にも、カヴェンディッシュは偉大なチャンピオンだった。チャンピオンには、勝利がふさわしい。
冬の間のトレーニングはこれまでとは全く違うアプローチで行われた。そしてレースシーズンが始まり、カヴェンディッシュはいくつかのレースを経てツアー・オブ・ターキーに臨んだ。何度もステージ勝利を挙げている、相性の良いステージレースである。
第2ステージ、フィニッシュに向けて先頭で隊列を組み上げていたのはドゥクーニンク・クイックステップではなくアルペシン・フェニックス。エースであるヤスパー・フィリプセン(ベルギー)の必勝態勢を敷いていた。フィリプセンの番手にはアシストを連れたアンドレ・グライペル(ドイツ/イスラエル・スタートアップネイション)が控え、カヴェンディッシュはその後方でチャンスを伺っていた。
真っ先にスプリントを始めたフィリプセンに合わせてカヴェンディッシュも加速する。まずグライペルをとらえた。そして残り50mでグライペルとフィリプセンの間をすり抜け、フィニッシュラインの直前でフィリプセンを抜き去った。強く、そして速いスプリントだった。
実に1159日ぶりの勝利。ターキー第2ステージ、カヴェンディッシュは実力でライバルたちに競り勝った。
Cav is back! I’ve seen him training like an overexcited junior since December, racing like a hyper motivated neo pro since March. Every race so far chasing that well deserved victory like a hungry wolf! So happy for you mate, enjoy this one, more to come! pic.twitter.com/g4lcQ21azt
— Iljo Keisse (@IljoKeisse) April 12, 2021
「彼が12月から興奮し過ぎたジュニア選手のようにトレーニングし、3月からはやる気満々のネオプロのようにレースをしているのを見てきた。あらゆるレースで飢えた狼のように勝利を求めてきたんだ」
2013年から2015年までカヴェンディッシュのチームメイトとして過ごしトラックレースでもコンビを組むイーリョ・ケイセ(ベルギー)。
ツアー・オブ・ターキーではアシストに徹し、相棒の勝利を後押しした。
第2ステージの勝利でリーダージャージと自信を獲得したカヴェンディッシュは、翌日も先頭でフィニッシュラインを駆け抜けた。ドゥクーニンク・クイックステップは「ウルフパック(狼の群れ)」の異名を持つ。チームはカヴェンディッシュをリーダーとする狼の群れとして完璧に機能していた。カヴェンディッシュはチームの献身に応え、第4ステージではチーム800勝目を、そして第8ステージでは自身のキャリア150勝目を見事に仕留めてみせた。
Tarmac SL7で次々と勝利を重ねていくカヴェンディッシュ。やはりスペシャライズドバイクとの相性は抜群だ。© 2021 Getty Images
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第2ステージから3連勝を飾ったカヴェンディッシュは、ウルフパックの一員として勝利を掴んだ喜びをこう語る。
「本音を言うと、何連勝かなんて関係ない。また勝てたことが嬉しいんだ。チームが僕を信じてくれることが素晴らしく、感謝している。今年の初めには勝つことだけを考えていたけど、その勝利をもう3回も達成できた。だけど一番大事なことは僕がこのチームの一員であるということ。それはとても名誉なことなんだ」
スプリントトレインとしてカヴェンディッシュを支えたシェーン・アーチボルド(ニュージーランド)とのフィニッシュ後のひとこま。
レースを終えた狼たちは笑顔で互いの健闘をねぎらう。© 2021 Getty Images
ツアー・オブ・ターキーのレースカテゴリーはワールドツアーではなくプロシリーズである。グランツールでポイント賞を狙うようなトップスプリンターを擁するチームはほとんど出場していない。それでもフィリプセンのような伸び盛りの若手と競り合い、勝ち切ったことには価値がある。
低い姿勢と爆発的な加速が特徴のカヴェンディッシュのスプリント。
あらゆるレースを勝ちまくったあのスプリントがTarmac SL7に乗って帰ってきた。© 2021 Getty Images
トレーニングキャンプでは入念にRetul Fitを行ったカヴェンディッシュ。
フィッターとともに快適性とパフォーマンスを両立できるポジションを丁寧に調整した。
選手の力を引き出す機材やフィッティングもチームを支え勝利へ導く重要な要素のひとつである。
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「今日一番特別なことは僕の勝利じゃない。ファビオの活躍だ。彼がチームのために並外れた仕事をして、レースを楽しんでいる姿を見ることのなんと素晴らしいことか。彼がいるからこそ最後までやり遂げようというモチベーションが湧いてきた。ファビオを誇りに思うし、だからこそ今日の勝利は特別なんだ」
第4ステージを終えた後のカヴェンディッシュの言葉である。ツアー・オブ・ターキーはファビオ・ヤコブセン(オランダ)の復帰戦だった。2020年8月ツール・ド・ポローニュの落車事故で瀕死の重傷を負ったヤコブセンは、長期間におよぶ治療とリハビリを経て再びスタートラインに立った。誰もが彼の帰還を喜び、祝福の言葉を惜しまなかった。
復帰戦ツアー・オブ・ターキーを無事に完走したヤコブセン。初日はネオプロに戻ったような気分だったそう。© 2021 Getty Images
怪我と病気に悩まされ何度も戦線を離脱してきたカヴェンディッシュにとってヤコブセンの復帰は特別だった。そしてヤコブセンにとっても、偉大な先輩であり憧れの存在でもあるカヴェンディッシュのために走ることは特別だった。2人のスプリンターは支え合い、互いの存在を力に変えて勝利を掴んだ。
勝利を喜ぶカヴェンディッシュとヤコブセン。トレーニングキャンプの時から2人は良い関係を築いていたそうだ。© 2021 Getty Images
「集団を牽引してチームメイトをアシストすることがどんなに素晴らしいか、言葉にできないよ。僕はこのために自転車選手になった。僕はスプリンターだけど、チームメイトのために走ることも大好き。マーク(・カヴェンディッシュ)のようなリーダーのために働くなら、なおさらだ。彼が僕のことを誇りに思うと言ってくれたことは本当に特別なことだよ。マークは僕のアイドルの1人で、素晴らしいお手本だ。彼の言うことをよく聞いて、アドバイスは全部受け入れる。そしていつかはマークのように偉大な選手になりたいと思っているんだ」
24歳のヤコブセンと35歳のカヴェンディッシュ。自信を取り戻した狼たちは次の勝利に向けて力を蓄えている。© 2021 Getty Images
ロードレースのカレンダーはグランツールの季節へ進む。5月のジロ・デ・イタリア、7月のツール・ド・フランス、そして8月のブエルタ・ア・エスパーニャ。ヤコブセンもカヴェンディッシュも、今季グランツールを走るかどうかは決まっていない。
ちなみにカヴェンディッシュが積み上げてきたツール区間勝利数は30。あのエディ・メルクスが持つ記録まであと4勝だ。未来は誰にも分からない。カヴェンディッシュがまたツールを走る可能性も、来年以降もウルフパックとして走る可能性だって、あるのだ。
【筆者紹介】
文章:池田 綾(アヤフィリップ)
ロードレース観戦と自転車旅を愛するサイクリングライター。カヴェンディッシュの勝利とヤコブセンの帰還、こうした素敵な瞬間に出会えることはロードレース観戦の醍醐味のひとつだと感じます。
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