数多くのレースで選手達を高みに導いてきたスペシャライズドバイク。TarmacとVengeの勝利の歴史を振り返っていきましょう。
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TarmacのベースデザインとなったAlloy E5を操るスーパースプリンター、マリオ・チポッリーニ(イタリア)がミラノ〜サンレモと世界選手権を制した2002年。彼が所属するアクア・エ・サポーネに機材を提供していたスペシャライズドは、レースで勝つためのロードバイク開発に力を注いでいくことを決意する。
2002年ミラノ〜サンレモで勝利を収めたマリオ・チポッリーニ。イタリアの国民的スターであり、力強いスプリントでファンを魅了した。
その5年後、2007年。最初のフルカーボンバイク、Tarmac SL2が完成した。
開発にあたってはトップチームで活躍する選手達のフィードバックが大いに活かされた。この流れは今日も続いており、スペシャライズドはプロ選手達の意見を重視し、彼らとともにバイクを作り上げている。
クイックステップ・イネリゲティックに所属していたトム・ボーネン(ベルギー)はこのバイクでクールネ〜ブリュッセル〜クールネなどのクラシックタイトルをいくつか獲得した後、ツール・ド・フランスでステージ2勝を上げ、更にポイント賞に輝いた。そしてボーネンのチームメイトであるパオロ・ベッティーニ(イタリア)はロード世界選手権で勝利。2006年に続く二連覇を達成した。
選手達の体格は様々だ。192pボーネンと169pのベッティーニでは当然バイクのサイズが異なる。両者に同じ乗り味、同じ性能を提供するためにはどうしたら良いか—ここからすべてのバイクで一貫した性能を確実に発揮させるスペシャライズドのデザインアプローチ「Rider-First Engineered™(ライダーファースト・エンジニアード)」 に至る研究が始まった。
2011年、スプリンターのためのバイクとしてVengeが生まれた。
F1界の先端企業マクラーレンとの前代未聞のコラボレーションにより、エアロダイナミクスとフレームの素材となるカーボンコンポジット(炭素繊維複合材)の研究を重ねて完成した、当時はまだ珍しかったエアロに特化したモデルである。
スプリンター達はこのバイクで勝利を量産した。HTC・ハイロードのマシュー・ゴス(オーストラリア)は驚異の加速でミラノ〜サンレモ勝利を攫い、マーク・カヴェンディッシュ(イギリス)はツール・ド・フランスでのステージ4勝と最強スプリンターに与えられる「マイヨヴェール(緑色のジャージの意)」、そして世界王者の証「マイヨアルカンシェル(虹色のジャージの意)」 を手に入れたのである。
2011年世界選手権はデンマーク・コペンハーゲンの平坦基調コースで開催。各国のスピードマン達を振り切って、カヴェンディッシュが世界チャンピオンの座に就いた。
Vengeと同年にデビューしたTarmac SL4も、ビッグレースで猛威を振るった。ボーネンは自身11回目の2012年ロンド・ファン・フラーンデレンに臨む相棒としてTarmac SL4を選び、3度目の栄冠を手にした。
2012年はボーネンの年だった。E3プライス、ヘント〜ウェヴェルヘムを制し、ロンド・ファン・フラーンデレン、そしてパリ〜ルーベをも制した。スペシャライズドバイクを駆り次々と勝利を射止めるボーネンの走りは、「クラシックの王者」としての風格に満ちていた。
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「北の地獄」の異名を持つパリ〜ルーベを4度勝っているボーネンにとってはRoubaixも大事な相棒。2012年は「クラシックの王様」ロンドと「クラシックの女王」ルーベのダブルウィンを飾った。
Photo : ©Yuzuru SUNADA
Tarmac SL4の勢いは止まらない。2012年ロンドン五輪でアレクサンドル・ヴィノクロフ(カザフスタン/当時アスタナ)が、そしてブエルタ・ア・エスパーニャで「エル・ピストレロ」ことアルベルト・コンタドール(スペイン/当時サクソバンク・ティンコフバンク)が表彰台の一番高い場所に立った。
更に翌2013年、ヴィンツェンツォ・ニバリ(イタリア/当時アスタナ)がジロ・デ・イタリアを制したことで、Tarmacはピュアレーシングマシンとしての存在を不動のものとしたのである。
2012年ブエルタ・ア・エスパーニャ、第17ステージでゴールまで約50qの地点から果敢にアタックしたコンタドール。ステージ優勝と総合リーダーの座を掴み取った。
2014年に発表されたTarmac SL5は、文字通り世界を席巻した。「Rider-First Engineered™」を採用し、すべての選手に等しくマシンの恩恵を届けることができたからとも言える。
前年Tarmac SL4でジロ・デ・イタリアを制したニバリのツール・ド・フランス総合優勝は、始まりに過ぎなかった。
そのツールを落車で去ったコンタドールは不屈の精神で自身3度目のブエルタ・ア・エスパーニャ総合優勝を決め、地元スペインを熱狂させた。
コンタドールは勢いのままに翌2015年ジロ・デ・イタリアを制し、シーズンを跨いでグランツール連覇を成し遂げてみせた。
天候も展開も荒れた2014年ツール・ド・フランス、総合優勝は「メッシーナの鮫」ことニバリ。このツール勝利で全グランツールを制覇。ステージ4勝、リーダージャージの「マイヨジョーヌ(黄色いジャージの意)」着用はなんと19日間。 Photo:©BrakeThrough Media
2014年ブエルタ・ア・エスパーニャ第20ステージ、リーダージャージの「マイヨロホ(赤いジャージの意)」が先頭で超級山岳アンカレスの頂上にやって来た。このステージを勝ったことで、コンタドールは総合優勝をほぼ手中に収めた。Photo:©BrakeThrough Media
2015年ジロ・デ・イタリアのチーマコッピ(大会最高峰)、フィネストレ峠の未舗装路区間を駆け上がるコンタドール。ここまでに築いた総合リードを守り切って総合優勝を決めた。 Photo:©BrakeThrough Media
そして、偉大なるコンタドールにジロで敗れたファビオ・アル(イタリア/当時アスタナ)は、同年のブエルタ・エスパーニャを勝つことで自身の才能を証明してみせたのだった。
2015年ブエルタ・ア・エスパーニャで自身初のグランツール制覇を成し遂げたアル。
リーダージャージは最後の山岳決戦となった第20ステージで掴んだもの。チームと自身の登坂力が決めた逆転勝利だった。Photo:©BrakeThrough Media
Tarmac SL5はクライマー達に愛されたバイクでもあった。
ラファウ・マイカ(ポーランド/2014年ティンコフ・サクソ、2016年ティンコフ、現ボーラ・ハンスグローエ)は、2度のツール・ド・フランス山岳賞をTarmac SL5とともに勝ち取っている。
登坂に強いクライマーズバイクの側面を持つTarmac SL5。グランツールに登場する数々の難関山岳で、選手達を助けてきた。Photo:©BrakeThrough Media
24歳の若きミハウ・クフィアトコフスキ(ポーランド/当時オメガファーマ・クイックステップ)が2014年に、そして翌2015年にクフィアトコフスキの同期ペテル・サガン(スロバキア/当時ティンコフ・サクソ、現ボーラ・ハンスグローエ)が世界王者の栄冠を掴んだ時、彼らを支え、勝負所となる登坂での加速を後押ししたのもTarmac SL5だった。
グランツールレーサー、クライマー、そしてパンチャー。Tarmac SL5はあらゆる乗り手を栄光へと運ぶバイクとなったのである。
2014年ロード世界選手権の開催地はスペイン・ポンフェラーダ。雨のレースを制したのはミハウ・クフィアトコフスキ。終盤の短い登りでアタック、そこで得たリードを守り切ってポーランド人初の世界チャンピオンに。 Photo:©BrakeThrough Media
2015年アメリカ・リッチモンドで開催されたロード世界選手権。フィニッシュ前の急勾配の石畳坂でサガンの全開アタックに応えたTarmac SL5の加速は、ライバル達を引き離すのに十分過ぎる程だった。フィニッシュポーズは余裕そのもの。Photo:©Watson
2015年、Venge ViASの登場にスプリンター達が歓喜した。
カリフォルニア州モーガンヒルのスペシャライズド本社近くに設立された専用の風洞実験施設「Win Tunnel(ウィントンネル)」で2万時間以上も研究を重ねてきたエアロ専門チームが世に送り出したVenge ViASは時速40qを超える高速域でのスピードに秀でており、特にサガンとの相性は抜群だった。
サガンは2015年に危なげなく自身4回目となるツール・ド・フランスポイント賞を獲得すると、翌2016年には華麗なスプリントで史上6人目となる世界選手権二連覇を達成してみせた。最強のスプリンターの名をほしいままにするサガンは、2016年のツールでもポイント賞を勝ち取っている。Venge ViASはサガンの愛機として、彼の数々の勝利を見届けてきた。
2016年の世界選手権はカタール・ドーハで開催。風が吹く砂漠の道をVenge ViASで駆け抜けたサガンが連覇を達成した。Photo:©Graham Watson
2016年ツール・ド・フランスではサガンがVenge ViASで最強スプリンターの証 「マイヨヴェール」を、マイカがTarmac SL5で最強クライマーの証「マイヨブランアポワルージュ(白地に赤い水玉模様のジャージの意)を獲得。当時はティンコフのチームメイトだった2人が、その強さを大いに見せつけた。 Photo:©BrakeThrough Media
2017年に投入されたTarmac SL6は軽さ、剛性に加えてエアロ性能に優れた究極のレーシングバイクである。
まさに「勝つためのバイク」だ。史上初となるサガンの世界選手権三連覇に貢献し、翌年にはツール・ド・フランスでのジュリアン・アラフィリップ(フランス/当時クイックステップフロアーズ、現ドゥクーニンク・クイックステップ)の快進撃を演出した。
2018年にはステージ2勝と山岳賞を持ち帰ったアラフィリップは、2019年はステージ2勝に加えて総合リーダーに与えられるマイヨジョーヌを14日間着用。地元フランスのみならず世界中を興奮のるつぼに巻き込んだ。
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2018年ツール・ド・フランス、得意のアタックで2つの区間勝利と山岳賞を勝ち取ったアラフィリップ。登坂にダウンヒルに、Tarmac SL6も大活躍。 Photo:©BrakeThrough Media
2019年は一躍ツール・ド・フランスの主役となったアラフィリップ。マイヨジョーヌ・マジックを体現した力走は多くのファンの心を鷲掴みにした。Photo:© 2019 Getty Images
ところでTarmacは舗装路を表す英語だが、このバイクの性能は舗装路に限定されるものではない。ボーネンが君臨したロンド・ファン・フラーンデレンは石畳や急坂が連続する難しいコース設定で知られる「クラシックの王様」。Tarmac SL5とSL6はこのレースを2016年から3年連続で勝利しており、あらゆる路面と勾配で強さを発揮することを証明した。
2016年、世界王者として自身初のモニュメント制覇を飾ったサガン。最後の激坂パテルベルグからは独走を貫いた。観客の大声援に応えて、フィニッシュ後はウィリーを披露。 Photo:©BrakeThrough Media_@LeonvanBonPhotography
2017年、55qに及ぶ独走で勝利を掴んだフィリップ・ジルベール(ベルギー/当時クイックステップフロアーズ)。ベルギーナショナルチャンピオンジャージでTarmac SL5を高く掲げながらフィニッシュ。Photo:©BrakeThrough Media
2018年に勝利したのは前年3位に入賞のニキ・テルプストラ(オランダ/当時クイックステップフロアーズ)。彼もまた27qに渡る独走劇を演出。32年ぶりとなるオランダ人ロンド制覇を達成した。 Photo:©BrakeThrough Media
Tarmacといえば、2015年から4年連続で世界選手権を勝利した女子チーム、ボエルス・ドルマンスの選手達の活躍も忘れてはならない。
「Rider-First Engineered™」により、性別や体形に関係なくすべての選手がバイクのパフォーマンスを余すことなく引き出せるようになったことが勝利の原動力の1つと言えるだろう。
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2018年オーストリア・インスブルックで開催されたロード世界選手権。
後続を大きく引き離しフィニッシュストレートにやって来たアンナ・ファンデルブレッヘン(オランダ/ボエルス・ドルマンス)。登りでも下りでも平坦でも、Tarmac SL6で走る彼女が最速だった。
Photo:©BrakeThrough Media
2018年にリリースした新型Vengeのコンセプトは「エアロこそすべて」。
「スピードの新しい形」を目指して開発されたVengeは、選手をより速くフィニッシュラインに届けられるようになった。2019年はアラフィリップがミラノ〜サンレモをこのバイクで勝ち、サガンがツール・ド・フランスで史上最多となる7回目のマイヨヴェールを獲得した。
2019年はVengeをチョイスすることが多かったアラフィリップ。精鋭選手達で争われたスプリントを制し、初のモニュメントタイトルとなるミラノ〜サンレモを勝利。Photo:©cyclingimages
もはやお馴染みとなったマイヨヴェール姿のサガン。2019年ツール・ド・フランス最終日は7回目のポイント賞を祝うスペシャルバイクで走った。Photo:©BettiniPhoto
二兎を追う者が二兎を得る―Tarmac Disc、Venge、Shiv TT Discで駆け抜けたツール・ド・フランス2019
スペシャライズドの歴史は勝利の歴史でもある。
最高の選手達とすべてのグランツールで総合優勝し、すべてのモニュメント(世界5大クラシック)、世界選手権、そして五輪での勝利を手にしてきた。
しかし、「Innovate or die(革新か、さもなくば死を)」を社是に掲げるスペシャライズドが歩みを止めることはない。目指すのは、世界最速。世界最高峰のレースで戦う選手達の最高のパートナーであり続けるために、究極のバイクを追求し続けていく。
あらゆるレースで選手達とともに勝利を重ねてきたTarmacとVenge。すべては勝利のために。
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【筆者紹介】